海で想う

久々に海ネタを。

 

先日もSUPで5kmX2の合計10kmを漕いだ。

私のレベルでは、行き1時間半、帰り1時間の合計2時間半はかかる。

その間、一体何回パドリングしているのか?

数えたことはないけれど(いや、数えられない)

相当な回数だと思う。

なので、ずっとパドリングのみに集中できるわけもなく

(本当はそうであってはいけないのかもしれないが)

比較的、いつも漕いでいる瀬戸内海が穏やかなせいもあり

実は漕いでいる間、いろんなことを考える。

仕事、家族、これからやらなきゃいけない雑事、

はたまた、この後何食べようかな、とか、そうだ、アレ買わなきゃ!とか

でも一番多いのは、やっぱり仕事のことだろうか。

こういう活動をしていると

以前していた事務系の仕事と比べて

いろいろな感情と生で接する機会が格段に多い。

正直当初はとまどった。

カウンセラーの資格を取ったとはいえ

すぐに自分の素の感情と距離を置くことができず

逆に大きく引っ張られ、心も頭も疲労した。

それは、喜怒哀楽の感情すべて。

「怒」とか「哀」だけでなく、「喜」も「楽」も

影響があるという意味では同じだ。

それから、様々な想いを持ち、いっぱしに悩み

いろいろ試行錯誤した結果、

なんとか今は落ち着いているが

やはり少しは無理があるのだろう

それが少しずつ檻となり、溜まっていっていると感じる。

だから、海を求めるのかもしれない。

部屋の中にいると閉塞感が強くなり、外の自然に触れたくなる。

つまりそれは、檻がたまっている証拠じゃないかと思う。

楽しく、好きなように、感情を自由に・・・

最近良く聞く言葉だが、それが少し私を焦らせる。

もちろん、自分の意志でやっているのだから、いやいやではない。

でも「楽しいか」と問われれば、そんな時もあるけど、そうじゃない時も多い。

「好きなように」も、現実にはいろいろな制約がある。

「感情を自由に」それは職業柄できない。

でもこう書いていくと、それはすべて「言い訳」のように思えてきた。

結局「できない」理由を作っているだけ。

本当にしたいなら、理屈を考える前に、動け。

そう、わかっているのだ。

きっと、それができない自分が、一番腹立たしいのだ。

・・・などと、海の上で考えながら漕いでいると

後ろからジェットスキーが近づいてきたり

風が強くなったりして、考える余裕がなくなる。

そして、それが落ち着いた後、

さあまた考えよう、と思っても

忘れてたり、もうどうでもよくなったりすることが多い。

それだけ、本当にどうでもよかったのか?

一旦整理されたので、もう捨てることができたのか?

でも、海は良い。

誰にもさえぎられず、1人でただもくもくと漕ぐ。

そんな静かな時間は、日常ではなかなか得られない。

内省がよいかどうかはわからないけれど

また、それが今後に活かされるかどうかもわからないけれど

短い時間でも、自分としっかり向き合えることができるのは

本当にありがたいなと思う。

少し前の夏の写真。

でも夏だけじゃない。

秋でも冬でも春でも漕ぎます。

 

店長松村恭子

私が書いています

松村恭子
1966年11月山口県生まれ。丙午のさそり座で、超気性は激しいはずですが、実際は…?

2009年よりながいきや本舗店長として、たくさんのお話をお伺いしています。

また、TCマスターカラーセラピスト、食育指導士としても活動しています。

家族は旦那。夫婦二人を謳歌中です。
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